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  珈琲エッセイ

  日本のコーヒーは長崎から
   
 
[ 4 ] 日本のコーヒー黎明期 長崎を舞台としたコーヒーの普及
   
 

西暦

世界のコーヒー歴史

和暦

日本のコーヒー歴史

1794

 江戸
 松平定信
 寛政の改革

桂川甫周「北槎聞略」。1782年遭難、ロシア国から帰還した漂民大黒屋光太夫の話。ロシアの食習慣でデザートとして「コーピ」を紹介。

1795

1800

 

廣川「長崎見聞録」。外国人の飲むコーヒーを観察し、その体験を記述。コーヒー豆の形態、焙煎、効能、用具等。

1796

 

オランダF.ハルマ原著「蘭仏辞書」の翻訳「江戸ハルマ」(蘭和対訳辞書)にコーヒーに関する20項目の記事あり。

1799

司馬江漢、手回しコーヒーミル「和蘭陀茶臼」製作。

1803

廣川「蘭療法」。「可喜(カヲヒイ)」の薬効を紹介

1804

ナポレオン皇帝即位

文化元年

太田蜀山人「瓊浦又綴(けいほゆうてつ)」。日本人初のコーヒー飲用体験記。「紅毛船にて「カウヒイ」といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり。焦げ臭くして味ふるに堪えず。」

1807

大槻玄沢「環海異聞」。仙台漁民のロシア漂流体験記。飲食の項に「コーヒイ」の紹介あり。

1811

仏ショームル「家事百科事典」の和訳「厚生新編」。コーヒーを「可非乙」と表記し、1万語に及ぶ詳細かつ画期的な資料。

1816

長崎ハルマ」別名「道富波留麻(ドーフハルマ)」にコーヒーに関する23項目の記事あり。

1820

文政3

遊女が記した貰品目録「引田屋文書」。
コーヒーポット、コーヒーカップ等の記述がある。

1826

文政9

シーボルト「江戸参府紀行」。「日本人は社交的であり、我々と会合する時は好んでコーヒーを飲むが、二世紀以上も前から世界のコーヒー商人(オランダ人)と交易しながら、流行しなかったこたは不思議ことである」とある。一方記述されているコーヒーの輸入量から、少しづつではあるが、出島の外で常飲した日本人が推定されるほどに広まりつつあることも覗えます。

1840〜42

アヘン戦争

1853

米使ペリー来航

1855

安政2

桂川甫周が長崎ハルマを改訂して「和蘭字」。
この中に宇田川榕庵の作字と推論される「珈琲」の字あり。

1856

安政3

商品としてのコーヒーが始めてオランダより入荷。

   
 
江戸は元禄時代の1700年頃、長崎の出島にあったオランダ商館にコーヒーが始めて上陸した後、約150年間の日本でのコーヒーの歴史は、長崎が舞台でした。

   1684年、「丸山艶文」の中の「(なんばんちゃ)」
   1724年、「和蘭問答」の中の「唐茶」


がありますが、コーヒーのことか否か確証はありません。 この1684年を日本へのコーヒー上陸第1歩
とする説もあります。

明確にコーヒーと判る文献として、

   1776年、オランダ船医ツンベルクの「日本紀行」。
   「二、三の通訳のみがようやくコーヒーの味を知るのみである」とあり、場所は長崎出島、
   極限られた人だけしか飲まれていなかったと思われます。

   1782年、長崎の蘭学者志筑忠雄「万国管窺」。
   「阿蘭陀の常に服するコッヒイと云うものは形豆の如くなれど実は木の実也」 

   1783年、長崎の山本氏「紅毛本草」。
   仏人N.ショーメル「家事百科事典」(1709年発行)の蘭訳を抄訳したもの。
   コーヒーを「古闘比以」と記すなど、コーヒーの異名、薬効、飲み方等が記述されている。

   1794年、桂川甫周「北槎聞略」。
   1782年遭難、苦労してロシア国から帰還した漂民大黒屋光太夫の話として聞書き。
   飲食の項にコーヒーの紹介記事があり、ロシア人が使うポットとカップが描かれている。

   1795〜1800年、廣川「長崎見聞録」。
   京都の医者で長崎に遊学し、医者の立場から、当時長崎で外国人の飲むコーヒーを具に観察し、
   その体験を記したもの。
   コーヒー豆の形態、焙煎、効能、用具等の記述あり。

   1797年、「長崎寄合町諸事書上控帳」の中に「遊女の貰品目録」があり、
   そこに「コヲヒ豆、但鉄小箱 壱箱」とある。 缶入りコーヒー豆一缶?

   1803年、廣川「蘭療法」。 コーヒーに「可喜」の当て字

   1804年、太田蜀山人「瓊浦又綴(けいほゆうてつ)」。
   日本人初のコーヒー飲用体験記。 「紅毛船にて「カウヒイ」といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、
   白糖を和したるものなり。 焦げ臭くして味ふるに堪えず。」 なお「瓊浦」とは長崎の別称。
   ここまで文献でみる日本でのコーヒーの歴史は、桂川「北槎聞略」を除いて他は全て長崎が舞台です。

  1807年、大槻玄沢「環海異聞」、1793年遭難、ロシアから世界一周をして帰還した
  仙台領の船子から事情聴取した漂流記。

  ロシアでのコーヒーの飲み方等の記述あり。

   1811〜1845年、「厚生新編」。
   前記 仏人N.ショーメル「家事百科事典」の蘭訳を幕府が詳訳したもの。
   この中のコーヒーに関する項はコーヒーの生産・品質・管理・加工・技術・飲用などが詳述され、
   全文一万語に及ぶ充実した文献。

   1820年、遊女が記した貰品目録「引田屋文書」。
   コーヒーポット、コーヒーカップ等の記述がある。

   1826年、シーボルト「江戸参府紀行」。
   「日本人が二世紀以上も世界最初のコーヒー商人(オランダ)と交易しながら、
   日本にコーヒーが流行しないのは不思議なことである」と記し、その対策として「対日コーヒー販売論」
   を述べている。
   一方「日本人も我々と会合するは好んでコーヒーを飲む」とあり、さらに記述されているコーヒーの
   輸入量から、出島の外で常飲した日本人が推定されるほどに広まったことが覗えます。

  1855年 桂川甫周が長崎ハルマを改訂して「和蘭字彙」を編纂。
   この中に宇田川榕庵の作字と推論され、コーヒーの当て字として、
   現在最も多く用いられる「珈琲」の字あり。
   ちなみに「珈」は婦人の髪に刺す珠玉の飾り、「琲」はその玉を貫く紐の意であり、
   コーヒーの赤い実が「珈」、枝が「琲」と考えると素晴らしい作字である。

 

西暦

世界のコーヒー歴史

和暦

日本のコーヒー歴史

1868

明治元年

明治維新

1869

明治2

萬国新聞に「生珈琲並焼珈琲」と日本発のコーヒー販売広告

1874

明治7

神戸元町の茶屋「放香堂」

1876

明治9

浅草「コーヒー茶屋」

1878

明治11

神戸元町の茶屋「放香堂」で日本最初の珈琲挽き売り?

1886

明治19

日本橋「洗愁亭」

1888

明治22

日本初の本格的喫茶店「可否茶館
長崎の唐通詞の家に生まれた鄭永慶が東京下谷上野 西黒門町に開館

1894〜95

日清戦争

明治27〜28

日清戦争

1911

明治44

「カフェ・プランタン」「カフェ・パウリスタ」開店

1914〜1919

第1次世界大戦

大正3〜8

1939〜1945

第2次世界大戦

昭和14〜20

第2次世界大戦

1949

昭和24

連合軍放出コーヒーの払下げ

1950

昭和25

8年ぶりにコーヒーの輸入再開

1960

昭和35

コーヒー生豆の輸入が完全自由化

 
明治2年日本発のコーヒー販売広告、明治7年神戸元町の茶屋「放香堂」、明治9年浅草「コーヒー茶屋」、そして日本初の本格的喫茶店「可否茶館」が明治22年に開店、明治44年の「カフェ・プランタン」「カフェ・パウリスタ」開店と続き、明治中期になってようやくコーヒーが大衆へ普及した。

以上のように世界そして日本でのコーヒーの歴史を調べていくと、コーヒーが日本へ上陸した第1歩は 1700年代初頭の長崎出島オランダ商館に行き着く。
エチオピアで発見されたコーヒーは、16〜17世紀頃トルコ経由ヨーロッパへ伝来し、爆発的に流行。これに目をつけたオランダが1699年ジャワで商業的コーヒー栽培に成功、18世紀オランダがコーヒー貿易の主導権を握った。この時鎖国の日本で唯一外国の窓口であったのが長崎出島であり、オランダ商館があったことから、当然コーヒーが日本へ上陸した第1歩は 1700年代の初頭の長崎出島オランダ商館となる。

1776年、オランダ船医ツンベルクの「日本紀行」にあるように、その長崎出島オランダ商館から伝えられたコーヒーを初めて味わった人は出島に出入りしていた遊女あるいは通詞のごく限られた人だったでしょう。その後、蘭学者・医者・役人等、次第にコーヒーを飲むようになり、日本人初のコーヒー飲用体験記、1804年の太田蜀山人「瓊浦又綴」の中の「紅毛船にて「カウヒイ」といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり。焦げ臭くして味ふるに堪えず。」

そして シーボルト来航の1823年頃には、出島の外で常飲した日本人が推定されるほどに広まったことが覗えますが、長崎出島に関係ある限られた範囲の日本人に飲まれただけで、普及の歩みは遅かった。しかしコーヒー研究は活発であり、渡来異国人からの学問的・文化的影響、日本人自身の研鑽・見聞・体験記等により、コーヒーに対する知識面では、欧米各国を凌ぐほどの水準にあったとも推定される。
このように日本のコーヒー黎明期は長崎を舞台として展開されました。


【参考文献】
   ウィリアムス・H・ユーカース 「ALL ABOUT COFFEE」UCC上島珈琲(株) 監訳  (株)T.B.S.ブルタニカ 1995 
   伊藤 博 「コーヒー博物誌」 八坂書房 2001 
   奥山儀八郎「かうひい異名熟字一覧」改訂第4版 1992
   広瀬幸雄、星田宏司 「コーヒー学講義」 人間の科学社 2001 
   奥山義人、伊藤 博 「こうひい絵物語」 旭屋出版 1993
   富田 仁 「西洋料理がやってきた」 東京書籍(株) 1983
   星田光司、伊藤 博、鎌田幸雄、柄沢和雄 「珈琲、味をみがく」 雄鶏社 1989
   ウインウイン編 「香り高く味わう 珈琲」 池田書店 2004 
   暮らしの設計編集部編 「珈琲をおいしく飲もう」 中公文庫 1995
   UCC上島珈琲編 「コーヒーハンドブック」 池田書店 2002
   喫茶&スナック編集部編 「おいしいコーヒーの本」 旭屋出版 1992 
   太陽スペシャル「珈琲博物館」 平凡社 1986
   JTB味覚シリーズ「珈琲の本」 JTB 1988 
   全日本コーヒー協会Coffee Break 連載「コーヒー物語−コーヒー黎明期」    JAN. 2005 Vol.55
   友田 五郎 「序説 珈琲学」 (株)光琳 1987
   ながさき浪漫会 「これが知りたいながさき出島」 (株)長崎文献社 2000

 
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